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仙台地方裁判所 平成6年(ワ)936号 判決 1996年3月28日

仙台市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

東京都渋谷区<以下省略>

被告

株式会社ハーベスト・フューチャーズ

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

江藤洋一

主文

一  被告は、原告に対し、金二九二万一九〇二円及びこれに対する平成六年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、七二四万三八〇五円及びこれに対する平成六年二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、金先物取引委託契約の委託者である原告が、受託者である被告に対し、取引の勧誘及び取引過程に違法行為があったとして、不法行為あるいは債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、昭和二七年○月○日生まれで廃棄物処理業を目的とする有限会社a公害処理(平成七年一月一七日に株式会社に組織変更、以下「a公害処理」という。)を経営している者である。

(二) 被告は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等に所属する商品取引員であって、各取引所上場商品につき商品先物取引を受託仲介することを業とする株式会社である。

B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)はいずれも被告仙台支店の営業担当の従業員であって、Cは右支店の営業部第二課の係長、Dは同課の課長であって、Bの上司がC、Cの上司がDという関係にあった。

2  本件委託契約の締結及びこれに基づく先物取引の経緯

(一) 原告は、平成六年二月七日、被告に対し、金の先物取引(以下、原告のために行われた金の先物取引を「本件先物取引」という。)に必要な委託証拠金として三〇〇万円を預託し、金五〇枚(一枚が一〇〇〇グラムである。)の買注文を委託し、それに基づき、原告のために別紙取引経過表記載1の取引が行われた。

(二) 原告は、同月一五日、被告に対し、本件先物取引に必要な委託証拠金として三〇〇万円を預託し、金五〇枚の売注文を委託し、それに基づき、原告のために別紙取引経過表記載2の取引が行われた。

(三) 本件先物取引については、別紙取引経過表記載3ないし5のとおり仕切られ、その結果五二四万三八〇五円の帳尻損金を計上し、被告は、平成六年三月九日、原告に対し、委託証拠金合計六〇〇万円から帳尻損金五二四万三八〇五円を控除した七五万六一九五円を返還した。

二  争点

1  本件先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員に違法行為があっったかどうか。

2  弁護士費用以外の損害額

3  過失相殺の有無及びその程度

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

(一) B、C、Dは次のような違法行為を行った。

(1) 断定的判断の提供

一2(一)の取引に際し、原告に対し、Bは、「今、金が絶好のチャンスです。絶対儲けさせてみせます。」、Cは、「絶対だ。信じて下さい。私の首を賭けてもよい。チャンスです。必ず儲けさせてみせます。」などと、本件先物取引が安全確実な投資方法であり、確実に利益が生まれるかのような説明をして勧誘した。

(2) 商品先物取引の仕組の不告知

B、Cは、一2(一)の取引に際し、原告に対し、追加証拠金、限月等の先物取引の仕組みやその危険性について原告に説明することを怠った。

(3) 既に建玉し、委託証拠金の支払義務が発生したものと誤信させる欺罔行為

Cは、一2(一)の取引に際し、未だ建玉をしていないにもかかわらず、原告の面前で被告に電話を入れ、「金は注文できますか。えっ丁度空いているんですか。何とか五〇枚でも押さえておいて下さい。」などと電話口で大声で叫ぶなどして、原告に対し、Cが既に取引所に五〇枚の買注文を入れてしまったかのように誤信させた。

(4) 商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領違反

B、Cは、新規委託者につき取引開始後三か月間を習熟期間として建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限している商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領に違反して、原告から右建玉制限を超える取引の委託を受けた。

(5) 両建の手法を用いる違法

Dは、両建が損失額を後日に繰り越すに過ぎず、局面の好転を図る確率は皆無に近いにもかかわらず、原告を違法に両建に勧誘して、一2(二)の取引を行わせた。

(6) 無敷

C、Dは、原告が一2(一)の取引により発生した追加証拠金を翌営業日までに納付しなかったにもかかわらず、無敷状態を継続した。

(7) 仕切拒否

本件先物取引において、Dは、原告が再三にわたる取引の終了(仕切り)を求めているにもかかわらず、これを断り続けた。

(二) B、C、Dの行った右のような勧誘及び取引行為等は、詐欺、背任、公序良俗違反行為に該当し、商品取引所法、受託契約準則、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項に違反する行為であり、右勧誘及び取引行為等は、被告の従業員であるB、C、Dが被告の業務の執行として行ったものであるから、被告は、原告に対し、民法七一五条一項に基づき、不法行為責任(使用者責任)を負う。

また、被告は、商品取引員としての善管注意義務に違反したものであるから、債務不履行責任を負う。

(被告の主張)

(一) 本件先物取引の勧誘及び取引過程においては、原告が主張するような違法な事実はない。

(二)(1) 一2(一)の取引の勧誘については、問題となるのは、Cが「営業生命をかける。」と言った点であるが、これは穏当な発言とはいえないものの、そのことが直ちに断定的判断の提供といえないのみならず、会社の経営者である原告において右Cの発言を文字どおり受けとめるはずがない。原告は、右Cの発言を信じて右取引を行ったのではなく、商品先物取引の仕組みに興味を持ったので勉強のつもりで右取引を行ったものである。

(2) B、Cは、右取引の危険性、投機性についても十分説明し、その内容に欠けるところはない。原告も、右取引により損失の発生し得ることを十分に認識していた。

(3) また、原告が新規委託者であった点も、被告においては必要とされる社内手続を踏んでおり何ら問題がない。

(4) Dが両建を勧誘したことも、損害の拡大を最小限に食い止めるためであり、その際の説明も十分に尽くしている。両建は、相場の将来の不確実性に対処するための一方策であり、損失を拡大させない手法である。両建に損益が発生しない(損益が固定されている。)のは無益であるのではなく、目的を達しているのである。本件の両建が原告に手数料を負担させただけの結果に終わったのは、原告が自ら唐突に方針を変更してこれを仕切らせたからである。

(5) Dの取引終了(仕切)拒否については、両建によって、損益を固定しているのであるから、いつ仕切っても損益には全く影響を与えないのであって、むしろ、原告は、取引終了(仕切)の指示により、発生した損失を減少させる可能性を放棄させたものというべきである。

また、Dが原告の全部の取引終了(仕切)要求に対し、二回に分けて仕切りを行ったことについては、Dはあくまでも損失を減少させるために行ったのであるし、このことから何らの損害も発生していない。

2  争点2について

(原告の主張)

原告の損害は、本件先物取引により生じた原告に生じた積極的損害は委託証拠金のうち帳尻損金に充てられた五二四万三八〇五円であり、この他精神的苦痛に伴う慰謝料一〇〇万円が弁護士費用以外の損害になる。

(被告の主張)

原告は、一五〇万円程度の損失を受けることを覚悟していたのであるから、原告の積極的損害は、委託証拠金のうち帳尻損金に充てられた五二四万三八〇五円から一五〇万円を控除した三七四万三八〇五円になるというべきである。慰謝料の点は争う。

3  争点3について

(原告の主張)

本件のような取引型不法行為については、過失相殺法理の適用に当たっては、事故型不法行為の場合とは異なった配慮が必要である。本件先物取引におけるB、C、Dの行為は、原告の過失を誘発することを前提とした違法営業によるもので、その違法性は極めて高く、従業員にこのような行為を行わせた被告に過失相殺の法理を適用することは許されない。

(被告の主張)

以下の理由から、八割五分の過失相殺がされるべきである。

(一) B、C、Dの違法性は軽微である。原告は、Cの「営業生命をかける。」という発言を信じて一2(一)の取引を行ったものではなく、商品先物取引の仕組みに興味を持ったので勉強のつもりで右取引を行ったものである

(二) B、Cによる本件先物取引の投機性(危険性)についての説明は十分に尽くされており、原告においてもこれを十分に理解していた。少なくとも右説明により理解可能であり、交付された説明資料を見れば、さらに理解を深めることが可能であった。

(三) 原告は、一五〇万円程度の損失を受けることを覚悟していた。

(四) 商品先物取引の場合は、損害との因果関係が本来さほど明確ではない。本件においても、損害の原因たる損失の最大の要因は原告自身の利得の意欲及び予想を超えた為替の変動である。

(五) 原告は、商品先物取引の経験はなかったものの、会社を経営しており、経営者としての長年の経験もあるのみならず、資金的にも相当の余裕があり、適格性には全く問題がなかった。

(六) 相場で利益を得たり、生じた損失を減少させるには、何よりも本人の情報収集等の自助努力が欠かせないが、原告は、全くC、Dら被告の従業員に任せきりであり、その取引態度に問題があった。

(七) 原告は、本件先物取引の途中から、全くDら被告の従業員の説明に耳を傾けなかった。

(八) 本件の両建が原告に手数料を負担させただけの結果に終わったのは、原告が自ら唐突に方針を変更してこれを仕切らせたからである。

第三争点に対する判断

一  まず、本件先物取引の経過等について検討する。

前記第二の一の事実、証拠(甲一、四の1、2、五の1、2、六、七、一三、一四、一九ないし二四、乙一ないし八、九の1、2、一〇ないし一三、一五、証人B、同C、同D、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成二年一一月から、仙台市から委託を受けてし尿処理を行ったり、産業廃棄物の収集運搬処理を行うことを業とするa公害処理を経営しているが、現在同社の資本金は一〇〇〇万円、年商は約六千数百万円、従業員は七名である。原告は、その月収が同社からの総支給額六五万円であって、同社の事務所の敷地約二三〇坪や自宅を妻らと共有するほか、一反二畝の田を所有している。原告は、本件先物取引を開始する以前に商品先物取引を行った経験はなく、商品先物取引に関する知識も特には持っていなかった。

2  被告の従業員Bは、平成五年二月一日ころから、原告に対し、「先物取引が有利な利殖方法であるので、一度話を聞いて欲しい。」などと申し込み、結局原告がこれに応じることにしたため、同月七日午前一一時過ぎころ、Bと被告の係長のCがa公害処理の事務所を訪問した。その際、まず、Bが、原告に対し、約三〇分間、金の値段が底を打って上昇に転じており、絶対儲けさせてみせる旨ことさら利益面を強調して執拗に金の先物取引を勧誘した。原告が右勧誘に応じないでいたところ、それまで黙ってBの説明を聞いていたCが、突然大声で、「金の値段は上がる。自分の営業生命を賭けてもよい。六〇〇万円でやってみましょう。必ず儲けさせる。」などと言い始め、原告が六〇〇万円を投資することを拒否すると、「今すぐに注文を入れないと絶好のチャンスを逃すことになる。取り敢えず、注文がとれるかどうか会社に聞いてみるから電話を貸して欲しい。」などと言って、右事務所の電話を使って被告仙台支店に電話を入れ、「金を注文できますか。えっ。丁度空いているんですか。三時までなら間に合いますか。なんとか五〇枚でも押さえて下さい。三〇〇万円用意させますから。」などと話した。そして、Cは、原告に対し、「私の営業生命を賭けても良い。」などと繰り返し言って、三〇〇万円を預託するように執拗に迫り、原告が「そのようなうまい話はないはずだ。」と言ってこれに応じないでいたところ、原告に対し、万が一、三〇〇万円の二分の一である一五〇万円以上の損失が生じれば、さらに追加証拠金といって金員を預託することが必要になるが、その際、被告の方で連絡するので直ちに決済しても構わないので、一五〇万円以上損することはない旨説明した。原告は、右Cの説明を聞き、一五〇万円以上は損しないと考え、第二の一2(一)の取引に応じることに決め、その場で約諾書(乙一)に署名押印し、二一枚以上の建玉承諾書(乙一二)に署名押印した。その際、Cは、原告に対し、受託契約準則(乙五)、商品先物取引委託のガイド(乙六)、商品先物委託のガイド別冊(乙七)といった商品先物取引についての資料を交付し、これらを後で読むようにと言ったものの、右資料を利用して商品先物取引の仕組みやその危険性、委託追加証拠金に関する説明は行うことはなかった。

同日午後三時前ころ、Cは、a公害処理の事務所を訪れて、委託証拠金として三〇〇万円を原告から預託され、第二の一2(一)の取引を仲介した。右買値は一三六三円であった。

なお、原告は、同月一〇日、「新規委託者の皆様へのアンケート」(乙八)に、商品先物取引委託のガイドについて、「ひととおり読んだので理解ができた」にマルを付したうえ署名押印し、被告に提出しているが、実際には、右資料を熟考して十分に理解したわけではなかった。また、原告は、同じく右アンケートに、商品先物取引開始の動機について、「商品先物取引の仕組みに興味を持ったので、勉強のつもりで」にマルを付しているが、原告は、以上の経過でCやBの説明によって右取引を開始したのであって、右アンケートの記載に特段の意味はない。

3  その後、同月一四日までに金の値段が一グラム当たり一三一八円に値下がりし、二二五万円(手数料込み《消費税相当額込み、取引所税は除く。》で二七八万五六〇〇円)の損失が生じたたため、Cは、原告に対し、追加証拠金を入れて取引を継続するように勧めた。原告は、万が一損失が生じても一五〇万円以上にはならないと考えていたので、Cに対し、強く抗議し、取引を終了するように求め、両者で言い合いになったため、原告は電話を切った。翌一五日には、金の値段が一グラム当たり一二七九円にまで下がり、四二〇万円(手数料込み《消費税相当額込み、取引所税は除く。》で四七三万五六〇〇円)の損失を計上したため、Cは、原告に対し、約一七〇万円を支払わないと取引を中止できない旨言って追加証拠金を入れることを勧めたが、原告がこれに応じなかった。そこで、課長であるDが、Cに代わって電話に出て、取引を中止するには約一七〇万円必要であるが、売五〇枚を建てて両建の方法を採ればこれ以上損失が生じないので、三〇〇万円を新たに預託するように勧めた。原告は、同日、被告仙台支店を訪れたが、その際、Dが応対し、両建の方法を採れば、売りと買いで手数料五二万円はかかるものの、損益が固定されるし、時期を見て値段が下がっている時に売りで利益を出し、値段が上がれば買いで利益を出すことも可能である旨両建の利点を強調したため、原告は、Dの説明を信じて、第二の一2(二)の取引に応じた。その結果、第二の一2(二)の取引が行われた。その際、Dは、原告に対し、第二の一2(一)の取引につき発生している追加証拠金約一七〇万円を預託する必要があることは説明しなかったので、原告は追加証拠金の預託が不要であると誤解した。

4  同月二三日、Dは、原告に対し、第二の一2(二)の取引の追加証拠金約一七〇万円を預託するように申し入れた。同月二五日、同月二六日も、Dは、原告に対し、右追加証拠金約一七〇万円を預託して取引を継続するように勧めた。しかし、原告は右申入れに応じないことに決め、同月二八日、Dに対し、本件先物取引を全て仕切る(決済する)ように何回も申し入れたが、Dは、右申入れに応じず、原告に面会を求め、同年三月二日、a公害処理の事務所を訪れた。その際、原告があくまでも全て仕切ることを求めたため、Dは、右仕切ることを承諾した。

Dは、右承諾したにもかかわらず、原告になお取引を継続させようと考えていたことから、原告の指示に反して、同日中に、第二の一2(一)の取引、第二の一2(二)の取引についても各三〇枚ずつしか仕切らなかった(それが別紙取引経過表記載3、4の取引である。)。

翌三日、Dからの連絡で、第二の一2(一)の取引、第二の一2(二)の取引についても各三〇枚ずつしか仕切らなかったことを知った原告は、Dに対し、全部仕切るように強く申し入れたため、第二の一2(一)の取引、第二の一2(二)の取引についても残りの各二〇枚を仕切って、本件先物取引が終了した。

以上の事実が認められ、甲第一四号証(原告本人作成の陳述書)、乙第一〇号証(C作成の陳述書)、乙第一五号証(D作成の陳述書)、証人B、同C、同Dの各証言、原告本人の尋問の結果中右認定に反する部分は、前記認定の用に供した各証拠に照らして採用することができない。

二  そこで、一で認定した事実に基づき、B、C、Dの行為の違法性(争点1)について判断する。

1  一般的に投資の対象として行われる商品先物取引は、定められた期日(限月)が経過する前に差益の決済で売買を決済することが決められており、商品の受渡しは予定されていない投機的取引であって、しかも、代金の全額でなくその一割程度の委託証拠金で売買が可能であり、その投機性は極めて高く、この取引に参入する者に予期せぬ巨額の損失を被らせる危険を有すること、そして、商品価格の変動要因は、世界的規模における政治経済社会の動向、為替の動き、商品の需要と供給の関係その他極めて複雑多岐にわたるのであってそれを予想することは極めて困難であること、商品先物取引においては、種々の専門的特殊用語が使用され、また、一般の取引上の常識からすると理解が困難と思われる抽象的・技術的概念が多く、一般人にとって、その仕組みを十分に理解するには相当な困難が伴うこと、一般投資家等が商品先物取引を行う場合、専門家である商品取引員ないしその使用人である外務員に委託する必要があり、この両者間には、商品先物取引に関する知識・情報・経験に多大の格差が存し、委託者は受託者たる商品取引員ないし外務員に相当程度依存せざるを得ない状況にあること、建玉及び仕切りのそれぞれについて投下資本(委託証拠金)に比して高率の売買手数料を支払わなければならないことは公知の事実である。

商品取引所法、この趣旨に則り定められた商品取引所の定款、受託契約準則等の各規定が種々の法的規制等を加えているのは、このような商品先物取引の特殊性、危険性に鑑み、一般投資家の保護を図ったものであり、右各規定は、商品取引員ないし外務員が一般投資家から先物取引の委託を受けるに当たっての内部的な行為規範として働くにとどまらず、委託者に対する関係においても注意義務を構成するもの、すなわち、商品取引員ないし外務員は右各規定の趣旨、内容に則って顧客である一般投資家が商品先物取引について正しい認識と理解を持ち、自主的かつ自由な判断でもって取引を委託して不足の損害を被らせることのないように配慮すべき注意義務を負うというべきである。

2  BやCは、原告に対し、約諾書及び受託契約準則、商品先物取引委託のガイド、商品先物委託のガイド別冊といった商品先物取引についての資料を交付しており、委託追証拠金が発生する可能性もあることは説明はしているものの、原告が自主的かつ自由な判断ができるだけの客観的な情報の説明をした形跡はなく、かえって、原告に対し、自己の相場感をもとに、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して(特に、Cの営業生命を賭けるという言葉に顕著である。)取引を勧めており、これは、商品取引所法九四条一号、同法九六条、東京工業品取引所受託契約準則二二条二号に違反する行為である。また、Cが原告に対し万が一の場合にも一五〇万円以上の損失が生じない旨誤解させたことも、著しく不適切であったということができる。

次に、証拠(乙一四)によれば、商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領(社内規則)は、原告のような新規委託者については、商品取引所外務員の判断枠を建玉枚数二〇枚に制限しており、二〇枚を超える建玉の委託があった場合には、委託者の資質、資力等を考慮のうえ、管理担当班の責任者が審査を行い、その適否について判断し、妥当とみられる範囲内において受託するものとし、管理担当班の責任者は速やかに本社の総括責任者に調書を添えてこの旨を報告しなければならず、本社の総括責任者は、報告事項についてその内容を再確認するとともに、必要と認められる場合には当該管理担当班の責任者に対し所要の指示を行う旨定めていることが認められるところ、証拠(乙一二、一三)によれば、BやCにおいて、形式的には、右二〇枚を超える建玉枚数を受ける場合に必要な手続を踏んだり、書類を徴したりはしているものの、管理担当班の責任者(被告のE仙台支店長)に対し、原告の先物取引に関する知識、理解度、資力についての十分な審査が可能な資料を提出して、その審査を経た上で右制限を超える建玉をしたものと認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定のとおり原告は、先物取引に関する十分な知識を有しておらず、また、証拠(証人B、同C)によれば、原告の資力についてもa公害処理の事務所の状況、委託証拠金の拠出の様子から判断したに過ぎなかったことが認められる。

さらに、両建の勧誘についても、両建自体を禁止する法令は特に存在しないが、両建は、その一方を外す時期の選択が困難なうえ、委託者に新たな委託証拠金と委託手数料という負担を強いることになるから、取引所の指示事項で不適切な両建の勧誘が禁じられている。そして、本件においては、取引の終了を求めた原告に対し、両建の利点を強調し、両建すれば損害を回復する可能性があり、追加証拠金も不要であると誤解させて両建て玉を建てさせ、ほぼ両建て玉の建玉及びその仕切りに必要な売買の手数料分の負担させる結果になった。

結局、本件先物取引の勧誘及び取引過程においてB、C、Dの行った行為は、その全体を通じて違法性を帯びており、不法行為を構成するといわざるを得ない。

3  被告の責任

前記のとおり、B、C、Dは被告の従業員であり、これらの者の行為は被告の事業の執行としてされたことは明らかであるから、被告は、民法七一五条一項に基づき、原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

三  次に争点2(弁護士費用以外の損害額)について判断する。

1  委託証拠金のうちの帳尻損金に充てられた分(請求額 五二四万三八〇五円) 五二四万三八〇五円

前記のとおり、委託証拠金のうちの帳尻損金に充てられた分は五二四万三八〇五円であり、これは、原告が、被告の従業員であるB、C、Dの本件先物取引の勧誘及び取引過程における行為によって被った損害と評価することができる。

なお、被告は、原告は、一五〇万円程度の損失を受けることを覚悟していたのであるから、原告の積極的損害は、委託証拠金のうち帳尻損金に充てられた五二四万三八〇五円から一五〇万円を控除した三七四万三八〇五円になるというべきである、と主張する。しかし、なるほど、前記認定のとおり、原告が万が一の場合は一五〇万円の損失を受けることもあると考えていたことは認められるが、BやCの行った本件先物取引により利益が生ずることが確実であると誤解させるべき説明を信じて、本件先物取引を行ったことが認められるから、原告の損害は委託証拠金のうちの帳尻損金に充てられた分になるというべきであり、原告が万が一の場合は一五〇万円の損失を受けることもあるとは考えていたことは過失相殺の判断において考慮すべきであるので、被告の右主張は理由がない。

2  慰謝料(請求額 一〇〇万円)

財産的損害が生じた場合においては、特段の事情のない限り原則として財産的損害の回復によりそれに伴う精神的損害も慰謝されるのが通常であるところ、本件先物取引に関して右特段の事情を認めるに足りる証拠はないので、慰謝料請求を認めることはできない。

四  次に、争点3(過失相殺)について判断する。

前記のとおり、商品先物取引が投機性の高い極めて危険な商取引行為であり、大きな損害を被ることも少なくないことは公知の事実であり、Cから、商品先物取引の仕組みや投機性等を明示した受託契約準則、商品先物取引委託のガイド、商品先物取引委託のガイド別冊の交付を受け、これらを後で読むようにといわれていたにもかかわらず、原告は、これらを十分に読まず、漫然とB、C、Dらの勧誘に乗って本件先物取引を行ったこと、原告は、本件先物取引により万が一の場合は一五〇万円の損失を受けることもあると考えて取引を開始したこと、原告は、商品先物取引の経験はなかったものの、会社を経営しており、経営者としてのそれなりの経験もあること、その他前記認定の一切の事情を考慮すると、原告の過失として斟酌される割合は五割と認めるのが相当である。

なお、原告は本件のような場合には過失相殺をすべきではないと主張するが、原告に右認定したような過失が認められる以上、公平の観点から過失相殺を否定すべき理由はないから、原告の右主張は理由がない。

したがって、被告が賠償すべき弁護士費用以外の損害額は二六二万一九〇二円となる。

五  弁護士費用(請求額 一〇〇万円) 三〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮すると、本件による弁護士費用として、原告が被告に賠償を求め得る額は三〇万円と認めるのが相当である。

したがって、原告が被告に対して請求し得る賠償額は二九二万一九〇二円になる。

六  よって、原告の請求は、二九二万一九〇二円及びこれに対する不法行為の最終日である平成六年二月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 中村也寸志)

<以下省略>

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